普通の人の大切さ

マクドナルドと大戸屋

もう1年ほど前になるが、2020年の前半に、対照的な2つのニュースがあった。「マクドナルド」の好調を伝えるニュースと、「大戸屋」の不振を伝えるニュースである。

2020年2月13日の『日本経済新聞』(電子版)では、マクドナルドが「2020年12月期の連結営業利益が前期比4%増の290億円になりそうだ」と伝えている。また2020年2月6日には50カ月連続で、月次の既存店売上高が前年を上回ったとも報じられている。他方2020年2月28日には、大戸屋について「2020年3月期の連結最終損益が5億3000万円の赤字(前期は5500万円の黒字)になる見通しだ」と伝えている。ご存知の方も多いように、大戸屋はその後、外食大手のコロワイドに買収された。

マクドナルドと大戸屋の業績の理由を1つの要因に集約して解釈するのは愚かであろう。企業の業績には、複数の要因が複雑に影響を及ぼし合っている。しかし私は、マクドナルドが「大多数の顧客の本音」を意識したのに対して、大戸屋にはそれが欠けていたのでないかと考えている。

マクドナルドでCMOを務めていた足立光氏が、インタビューなどで、「背徳感」というキーワードを披露しているのは有名である。彼はあるインタビューで一時期不振であった同社が好調に転じた要因の1つとして、「皆さんが好きだったマクドナルドに戻すこと」(Miyagawa, 2018)の実施をあげている。マクドナルドの本当の魅力は「『背徳感』のあるガッツリした美味しさ」(Miyagawa, 2018)だと考え、その実現に注力したというのである。

マクドナルドはそれまで少し「健康」の方に流されていたんですよね。 お客様の声を聞くと、健康的なものが欲しいって言葉が出てくるじゃないですか。それで野菜が入ったバーガーとか、カロリーが低いバーガーとか出したら、まあ失敗してたわけです。マクドナルドって僕の中ではポジショニングが「背徳感」なんですよね。あ、食っちゃったっていう。しまった! ……でもおいしかったっていう。夜中のラーメンと一緒ですね。(角, 2018)

他方、大戸屋の不振を分析した記事には、以下のような指摘がある。

大戸屋が提供する商品に対して、顧客は内容的に低価格帯だと考えているのに、店舗側は中価格帯だという認識で、実際に中価格帯で設定している。大戸屋的には、味や素材にこだわったいいものを出しているという自負があるゆえの価格設定なんでしょうが、顧客の中でイメージと価格に乖離があれば、それはただ“コスパが悪い”だけのお店。顧客が大戸屋に何を求めているのかという需要を大戸屋が理解できておらず、これでは客足が遠のくばかりです(A4studio. 2019, フードアナリストの重盛高雄氏の意見)

マクドナルドと大戸屋の対比は、顧客のニーズを汲み取っているかという単純な問題ではないと思う。先に述べたことと重複するが、私はマクドナルドと大戸屋の大きな違いは「普通の人」を意識できたか否かにあると考えている。マクドナルドも大戸屋も、ニッチ・ブランドではない。両者はいずれも有名で、大きなブランドだ。大きなブランドの宿命として、普通の人を取り込まないと維持できない。

これは私の勝手な推測だが、大戸屋は(彼ら自身が意識していたかは別として)いつのまにか「1000円以上の定食」を食べる「女性客」がターゲットになっていたのではないだろうか。実際、雑誌記事を確認によると、大戸屋は健康志向や高品質をうたって女性客の取り込みを図ってきたようであるし(常盤・印南, 2006)、私がときたま大戸屋に行ったときも、そうした顧客が多いように見うけられた。

もし大戸屋が「1000円以上の定食」を食べる「女性客」をターゲットにするならば、それ以外の顧客を諦める必要がある。そして「1000円以上の定食」を食べる「女性客」を対象とした企業規模を維持しなければ、十分な利益をだすことは難しい。

重要なのは、マーケターはついこうした得意客に目を向けてしまう、ということだ。以下は「リキッド消費に対応したマーケティング戦略」 に書いたことである。

一定以上の大きさのブランドは、少数の「ファン」と、多数の「普通の人」によって支えられている。そして多くのマーケターは、自分たちのブランドを強く支持してくれる「ファン」を意識しがちである。なぜなら彼らはマーケターにとって心地よい存在だからである。

多くの「ファン」は、ブランドのことを褒めてくれ、肯定的なクチコミをしてくれ、しかも定期的に購買してくれる。だから、マーケターが「普通の人」よりも「ファン」に目を向けたくなる気持ちも理解できる。

しかし繰り返しになるが、一定以上の大きさのブランドであれば、少数の「ファン」と、多数の「普通の人」によって支えられていることが一般的である。ある程度の大きさのブランドであるならば、つまりニッチ・ブランドでないならば、「普通の人」を取り込むことは非常に重要である。

心地よいファンの言葉に目を向けすぎれば、自社ブランドを支えてくれているサイレント・マジョリティ(物言わぬ多数派)の支持を失っていくはずだ。これは一定の規模のあるブランドにとって、致命的である。

普通の人を意識する必要性は、ブランドが成長し、大きなブランドになるにつれて高まることが多い。マーケターには、大きなブランドに「成長するまで」のマーケティングを、大きなブランドに「成長したあと」のマーケティングにうまく切り替えることが求められる。もちろんこれは「言うは易く行うは難し」だ。それまでのブランド資産を、ある程度切り捨てる・・・・・覚悟が必要となるからである。それは、熱心なファンであったり、苦楽をともにしてきたディーラーであったり、成功を支えた製品かもしれない。そうした冷徹な方向転換を行うのは簡単なことでないし、楽しいことでもない。

さらに述べれば、熱心なファンは、そのブランドの魅力をより深く堪能したく思っている。それゆえファンの声に忠実なマーケターほど、「質の高い」「ていねいな」「あこがれ感のある」「ハイパフォーマンスな」ものを提供してしまいがちとなる。結果としてそのブランドは、ますます普通の人から離れていく。「普通の人」を失ったブランドを待っているのは、瞬く間の失速だ。

マーケターには新しいものや、斬新なものを好む人が多い。しかし同時に、「普通の人」の感覚を忘れてはならないのではなかろうか。

References

  • 日本経済新聞 (2020),「マクドナルド、今期9年ぶり営業最高益: 3円増配、サービス向上で既存店を強化」2020年2月13日, 電子版.
  • 日本経済新聞 (2020), 「マクドナルド、1月の既存店売上高2.6%増 50カ月連続プラス」(2020年2月6日, 電子版).
  • 日本経済新聞 (2020),「大戸屋の20年3月期、初の最終赤字へ 客離れや減損で: 直営10店を閉鎖、役員報酬も減額」(2020年2月28日, 電子版).
  • Miyagawa, Yuuki (2018). 「『みんなが好きだったマクドナルドに』 “原点回帰”で実現したマクドナルドV字回復の裏側」b→dash MARKETER’S COMPASS (2018年9月5日)
  • 角勝 (2018), 「元マクドナルドCMO足立光さんに学ぶ! マーケティングの極意と経営」Filament. 2018年9月25日.
  • A4studio (2019). 「大戸屋、底なしの客離れ…“ただのコスパ悪い店”化、原点を見失いファンすら失望」Business Journal. 2019年9月30日.
  • 常盤有未・印南志帆 (2016). 「『大戸屋』はなぜ『やよい軒』に勝てないのか?: お家騒動より深刻な”低収益”という問題点」 東洋経済ONLINE (2006年11月13日).